反出生主義とは?不幸のイメージが強い&人生の苦痛体験?

突然ですが、「反出生主義」というキーワードを知ったときは不幸で過激なイメージが強かったですか?

大半の人はそのイメージが強かったと思います。

キーワードのみ知っているだけでちゃんと調べないままイメージだけ決め付けてる人がいるでしょう。

さて、反出生主義とは何か?基本的なことを3つ説明していきたいと思います。

反出生主義って何?

まず、反出生主義は文字通りに出生を否定する主義です。

よくある誤解ですが、子供を産むのを否定しているだけであって生きることを否定する思想ではありません。

なぜ、子供を産むのを否定しているのか?というと、生まれていない子供に生まれたいかどうか確かめる方法がないからです。

確かめる方法がないのに子供を産むのは悪いことだと訴える思想が反出生です。

子供の同意が得られないまま親のエゴで生まれる

先ほど話したように生まれていない子供に生まれたいかどうか確かめる方法がないまま、親の意思のみで一方的に決めてしまいます。

子供側からしたら・・・
どんな親の下に生まれるのか?
どんな環境で生まれるのか?
どんな性別で生まれるのか?
そして、生まれていきたいか?

どれも選べません、すべて運次第です。

運が良かったら恵まれた環境で幸福になりやすい人生を手に入れられるでしょう。

逆に運が悪かったら恵まれない環境で不幸になりやすい人生になってしまいます。

どう転ぶか分からないリスクは全員同じです。

しかも、そのリスクは子供側の同意なしで無理やりに参加されます。

分かりやすく言うと、「相手の意向を無視してリスクが高いギャンブルをやらせる」ことです。

人生の苦痛を体験させない

反出生ではない人からよくある誤解ですが、一言いうと苦痛を取り除くのではなく苦痛を体験させないことです。

人生は楽しいことがあれば、つらいこともあるのは知っていますよね。

この世はつらいことや苦しいことばかりだから生きやすい社会を作ろう!と思って生きやすい社会が作れたとしても子供を産んでいい理由になりません。

なぜなら苦痛を感じる可能性を減らしただけでゼロではないからです。

極論に聞こえるかもしれませんが、「快感を感じる可能性がある」より「苦痛を感じる可能性がない」ほうを重視しています。

自分が幸せだった生まれてきて良かったとしてもそれは主観的であって出生で他人に人生の苦痛を体験させるのは迷惑なことです。

出生はすべて「親」のためで「子」のためといえる理由が存在しない

両親がセックスして精子と卵子がぶつかり合って子供ができますよね。

ぶつかり合った結果、妊娠して出産をします。

出産したら周りは喜びますよね、「おめでたいことだ!」と。

・・・しかし、よく考えてみて下さい。

子供を作って産まれたらお祝いをするという常識に疑ったことはありませんか?

疑ったことがある人は気づいてると思いますが、子供を産む理由は誰のためにあるのか?

思い浮かべてみましょう・・・。

  • 自分の親に孫の顔を見せたい。
  • 夫婦の関係を繋ぎ止めたい。
  • いい大学に行って安定した仕事に就いてほしい。
  • 老後のために面倒をみてもらう。
  • 子供を産んで、一人前という社会的地位を持ちたい。
  • 破れた夢を子供に叶えてもらう。
  • 子供はかわいいから育てたい。
  • 夫婦2人っきりだと退屈だから暇つぶしのために産もう。

どうでしたか?思い浮かべた内容は全部「親」のためでしたか?

ほぼ全員、「親」のためしか思い浮かべなかったはずです。

なぜならいくら考えても「親」のためとしか答えが出てこないからです。

考えても考えても「子」のためと言える理由が見当たらないです。

もし、本当に「子」のためと言える理由があるならぜひ教えてください。

ただし、自分が生まれてきて良かったと思っているとかそんな単純な話ではありません、それも親の都合で産んでいます。

KANTAという反出生主義者の考え

反出生主義の原点は「他人に生を押し付けない」ことから始まります。

そこから一人の反出生主義者として個人の考えが広がっていくでしょう。

  • 子供を産まないだけでは物足りないからビーガン(完全菜食主義者)になろう!
  • 反出生主義の理屈は全生物に適用できるから人間だけではなく全生物も絶滅するべき!
  • 秘密結社的実行組織を作って全人類が苦痛を感じる間もなく同時に一瞬で死ねる方法を作り出して実行しよう!
  • 人工知能が苦痛を感じるようになったら生み出してはいけない!
  • セックスをするだけなら問題ないけど、避妊をしない子作りは大問題である!

・・・など、色々な方向性へ。

さて、KANTAの反出生主義はこんな感じです。

混ぜるな危険!の反出生主義

「混ぜるな危険!」は他の主義と混ぜてはいけないという考えです。

反出生主義はシンプルな思想なので余計なものを混じるとそれぞれの本質を見誤りやすい性質だと思っています。

それだけではなく第三者の目線も重要視しています。

反出生のことをよく知らない人に分かりやすく説明できるようにするため、ややこしくさせないようにするためにあえて混ぜない反出生主義を貫いていきたいとボクは考えています。

ツイッターでは反出生を混じっている人がわりといるのが現状です。

その中で多いのはヴィーガンとツイフェミです。

ヴィーガンとは、肉・魚・卵・乳製品などの動物性食品を食べない菜食主義者です。

ツイフェミとは、ツイッターでフェミニズム的な発言をするミサンドリスト(男性嫌悪者)です。

この2つの主義は特に混ぜてはいけないものだと思っています。

ヴィーガン(菜食主義者)

ヴィーガンは個人でやるだけなら全然問題ないですが、反出生主義者ならヴィーガンになるべき!は反対です。

人間は元々雑食動物として肉を食べてきたので本来の食性からして肉食を嫌うのは違和感があります。

それに野菜を作るために農家が動物を殺しているのでどのみち食べ物は命を奪っていかないと生きていけないです。

野菜だけ栄養が取れたとしても厳しい制限で自分では気付かないストレスがたまりやすいので健康とは言い難いと思います。

縛られた食生活で生きるのが困難になってストレスがたまるのは反出生主義ではなく反生存主義です。

それに反出生ではない人に反出生ならヴィーガンじゃないのはおかしい!って言われるのは正直イラッとしますね。

おかしい!とか言っといて相手も肉を食っているなら説得力がないし、シンプルに言われたくないです。

ツイフェミ

フェミニズムと反出生主義は思想が似てるかもしれませんが、目的が全然違います。

フェミニストの中にはミサンドリスト(男性嫌悪者)が多いというイメージがあります。

ミサンドリストは男性を見下して差別する人が多いのでフェミニストの本質を見誤っている人が少なくないです。

要は反差別にこだわってるくせに男性差別はしてもよいとやっていることが逆行しています。

反出生主義はあくまで子供を不幸させないために産まないという主義であり、性別嫌悪を持ち込むものではありません。

反出生主義の皮を被ったツイフェミは2つの主義の本質を見誤ってるので第三者までややこしくさせてしまいます。

フェミだけでも十分にややこしいのに反出生に加えると余計にややこしくなっていらない誤解を生むのは正直困ります。

なので、反出生主義にフェミニストは必要だと思っている人は基本的に信じません。

不幸が起きてしまうこの世というギャンブル大会

まず、「ギャンブル大会」とは、

子供からしたら親を選べないし、環境も選べない。

ガン、ウツ、病気になるかもしれない。

交通事故に遭うかもしれない。

いじめにあうかもしれない。

殺されるかもれしれない。

どれも忌々しい出来事が起きないという保証がない。

個人だけの問題なら起きる「かもしれない」が、世界中の話になると起きて「しまう」。

そう、必然に。

毎日毎日・・・誰かの人生にとっては最悪の日になる。

・・・という意味です。

そして、その「ギャンブル大会」に産み落とすってことは、この3つのポイントを理解したと見ています。

  • この世を産み落とさせた張本人が子供を産んた時点でこれから起こるかもしれない危険があるというリスクを承知したことになる。
  • 親が自分の子供をギャンブルに参加させることを選択したことになる。
  • 親が自分の子供の周りに起こった出来事に責任がある。

しかし、この3つのポイントを根本的に分かっている人を見たことがないです。

なぜなら親はこの世で起こるリスクを知っているはずなのに我が子に限ってそんなことは起こらないとか他人事みたいに真剣に考えていないからです。

考えてこなかった結果、事故、殺人事件、テロ事件など、最悪な出来事が起きたらパニックになります。

パニックになるんだったら最初からこの世に連れ出す必要はなかったんですよね?

そういういった意味で根本的に分かっていないってことです。

もっと具体的にいうなら「附属池田小事件」を例にします。

宅間守が無差別殺傷事件を起こした附属池田小事件

2001年6月8日、大阪府池田市にある大阪教育大学附属池田小学校で宅間 守に無差別殺傷事件を起こした話です。

包丁で死亡者8人、負傷者15人という被害を出してしまいました。

あの事件は大の大人が小学1、2年の幼い子供を殺したのは残酷で最悪の出来事だったと思います。

もちろん、ボクが実子を持つ親の立場だったら立ち上がれないくらいショックを受けてると思います。

事件後、法廷で被告人の宅間守に対して死刑判決を言い渡しました。

小さな子供が集まるところで大量殺人するつもりで殺した宅間は、到底許されるべき行為ではないです。

だから死刑は当然の結果です。

・・・が、問題なのは法廷の傍聴席から被告人に対して「宅間!死ねぇぇぇ!」と怒号することです。

怒号するってことは先ほど話した「ギャンブル大会」で起こるリスクを知ってたくせに「被告人がきっと謝罪してくるだろう」という期待感を持って裁判所に行った時点で完全に考えていません!無責任で産みました!と言っているようなものです。

もし、親のエゴで子供を産ませなかったら子供に痛くて苦しい思いをせずに済んでいたし、親も悲しい思いをせずに済んだんですよ?

なのにそれを受け入れないっていうのは、人生のネガティブ部分を真剣に向き合っていなかったんです。

本当に都合の悪い現実から目をそらして100%被告人に責めるってなんかね・・・・・、

卑怯者

それ以外何者でもないです。

遺伝で障害者になった人は子供を作るな!

反出生としてはどんな人でも産むべきではないですが、個人的には許さない出生ランキングがあってその中で一位といえる許さない出生です。

障害者は子供を作るな!って言ったら大半の人はムキになって人権を侵害している!って文句を言うと思います。

しかし、人権を侵害しているのは親のほうだとボクは思います。

なぜならハンデを背負いやすい環境で産み落とされるからです。

子供にハンデを背負う人生を決めつけてる時点で子供の人権って何?って障害持ちの親に問いたいです。

反出生主義者としては障害があるない関係なく子供を産むべきではないと考えていますが、それとこれは別の話で遺伝的に障害になった者は健常者より子供を産むべきではないと思っています。

なぜなら遺伝的に障害がない両親が子作りして産むのと片方、または両方に遺伝で障害になった人が子作りして産む意味が違うからです。

理由は「故意」で障害者を産むからです。

障害がない両親から子供を産むとき、その産まれる子が遺伝で障害者にならない保証がないから障害者として産ませてしまったなら理解できます。

・・・が、遺伝で障害になった親が子供を作るってことは「障害者にならない保証がない」ではなく、産ませる行為が「故意」になります。

・・・この違い、わかりますか?

分からない人は子供の負担のことを全く考えてないクズです。

他に障害によっては遺伝しないものがありますが、親の障害が重いほど「一生介護」という十字架を背負うことになります。

「自分だって産める、育てられる」と主張するのは勝手ですが、子供の負担をちゃんと考えてる?と思います。

わざわざ子供を介護要因で産み出した時点で子供の人権をまるで無視しているので考えてないのは明らかです。

そして最も最悪なことは、「障害者こそ子供を産んで守ってもらわないといけないと思う」

あれを本気で思っている親は人権を蹴っ飛ばされたほうがいいです。

・・・そういった意味で健常者の子作りより障害者の子作りのほうが圧倒的に罪が重いです。

遺伝で障害になった親が子供を産む=業の深い生活を強いられる

そんな残酷なことを想像できない親はもうダメです。


以上になりますが、
この世の苦しみの原因は出生にあるので
本当に平和を望んでいるなら子供をこの世に連れ出さないことです。

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